#01_森見登美彦「ペンギン・ハイウェイ」

小学4年生のぼくが住む郊外の街に突然ペンギンたちが現れた。この事件に歯科医院のお姉さんの不思議な力が関わっていることを知ったぼくは、その謎の研究を始めるが―。冒険と驚きに満ちた長編小説。

ペンギン・ハイウェイ

ペンギン・ハイウェイ

 


 森見登美彦、目下、私の一番好きな作家さん。基本は文庫しか買わないのだが、森見登美彦だけは発売日に単行本を買いに走る。
 書評のブログを始めるにあたって、最初の記事は何にしようか…と考えた時に、やっぱり森見さんかな!と思った。大好きな作品は数多くあるが、本屋大賞で3位に入賞した記憶も新しいのでコレに。

 「新境地開拓!」「森見登美彦ワールドが新章に突入!」雑誌の特集記事や書店のポップにはそんな言葉ばかりがならんでいたので、期待半分・不安半分で読み始めた。なるほど、主人公は腐れ大学生ではなくて小学生の男の子だし、京都が舞台でもない。でもどうだろう、夢かうつつか曖昧なファンタジーの様相はそのままだし、小憎たらしく理屈っぽい言い回しも健在ではないか!しかも主人公が子供であるので、そこに可愛さが乗っかって、抱きしめたくなるような温かい世界観が広がっている。「面白い小説こそは、イッキに読みたい!」というのが個人的意見なのだが、この作品に関しては、「読み終わってしまうのがもったいない。」と、敢えて途中で手を止めてしまった。本屋大賞3位、大いに頷ける。


 主人公のアオヤマ君は頭脳明晰(であると、自分では思っている)な小学四年生。動物や天体など知識欲は尽きることなく、疑問や発見は何でもノートにメモを取ることにしている。最近は歯科衛生士のお姉さんのことが気になっていて、重要な研究対象の一つだ。
 ある日突然、町の広場に大量のペンギン現れた。少し弱気で小心者のウチダ君や快活でチェスの得意なハマモトさんと一緒に様々な謎を研究し始めるが、それは、新しい発見と驚きの連続だった。個性的で魅力ある様々な人物との出会い、ふれあい。「お姉さん」と「ペンギン」、そして<海>―。
少年の研究がひとつの結論に辿り着くとき、物語はクライマックスへと急速に走り出すのだった。

 この小説、まず冒頭がスゴイ。
「ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。だから、将来はきっとえらい人間になるだろう。」
 小学四年生の主人公が日々の出来事を綴る、という形で物語は進行していくが、日記の最初にこんな一文を書く小学生って!かなりパンチが効いた入り口である。そして、主人公のアオヤマ君は本当に頭が良いキャラクターなのだ。「頭が良い」と言っても、推理モノの児童文学に登場しそうなIQ150の天才少年とか驚異的な記憶力の持ち主…みたいなのではなく、良く探究して、理解することの出来る、努力に裏打ちされた頭の良さなのである。
いたずらに大人びている訳ではなく、あくまでも「頭の良い子供」として描かれている。口調は理路整然としているし知識も豊富であるが、思考や行動は等身大の小学生。なので、最後まで嫌味なく読むことが出来る。ほほえましい描写も多く、読みながらニヤニヤしてしまう。

 主人公やそのクラスメイトはさることながら、大人の登場人物にも魅力的なキャラクターが多い。まずストーリーの重要な役割を占める歯科衛生士の「お姉さん」だが、人を食ったようなサクサクした物言いが大変小気味良い。子どもと真っ向から対話することの出来る大人は素敵だ。歯科衛生士、と聞くと『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』の「羽貫さん」かな?と思ったが(これ以前の森見登美彦の小説は世界観がリンクして、キャラクターがまたがって登場することもままあったので)、話の後半の流れから察するに、違うかな。
 主人公の父親もかなり好人物である。息子に研究のやり方をアドバイスしたりノートを与えたりしつつも、基本的には離れた所から温かく見守っている。ときおり息子の方から質問がなされた時には真摯に受け答えし、行き詰っているときには、解法を導く為の助言をしたりもする。親ではない私にとって教育とは何か考えるのは難しいが、子どもにとって必要なものを過不足なく与えることの出来る親とは、とても理想的に思える。大概は、与えすぎてしまうものなのではないか。

 中盤、ウチダくんがある仮設をアオヤマくんに語るシーンがあるが、この理論が大変印象的である。
「ほかの人が死ぬということと、ぼくが死ぬということは、ぜんぜんちがう。それはもうぜったいにちがうんだ。ほかの人が死ぬとき、ぼくはまだ生きていて、死ぬということを外から見ている。でもぼくが死ぬときはそうじゃない。ぼくが死んだあとの世界はもう世界じゃない。世界はそこで終わる」
 他の誰かが死んだ時、それを見る自分がいるのは「その人が死ぬ」世界。でもその人にはその人自身の世界があって、そこでちゃんと生きている。人は「死ぬ」「死なない」の分岐を繰り返しており、自分が「死なない」を選択しつづける世界に、それぞれは生きている。人の死を見たとしても、それが本当にその人にとっての「死」なのかは、誰も証明できない。つまり人は誰も、死なないんじゃないか―――。
 死後の世界は存在するのか、などとは誰もが一度は考えたことがある永遠のテーマであるように思う。しかし、人は個々の世界で永遠に生き続けるものだという考え方には、私は初めて出会った。「死」がまだ現実感の中に存在していない小学生の発想、という描かれ方なのかもしれないが、唐突にウチダくんがこの理論を展開するシーンは、私にとって最も記憶に残る場面の一つである。

 ストーリーは後半に急展開を見せ、鮮やかなラストを迎え着地する。爽やかな感動と少しの切なさを残す引き際は見事であり、読後感はとても良い。「読んでる最中は面白いけど、結末がイマイチ」「最初は退屈だがラストは最高」どちらがより「面白い」小説なのか判断が難しいところだが、この小説は読中・読後のどちらにも良い印象を与えてくれる。要するに、最初から最後まで面白いのだ。
 ファンタジーがどうしてもダメという人でなければ、自信を持って誰にでもオススメ出来る作品である。