#11_三崎亜記「となり町戦争」

ある日、突然にとなり町との戦争がはじまった。だが、銃声も聞こえず、目に見える流血もなく、人々は平穏な日常を送っていた。それでも、町の広報紙に発表される戦死者数は静かに増え続ける。そんな戦争に現実感を抱けずにいた「僕」に、町役場から一通の任命書が届いた…。見えない戦争を描き、第17回小説すばる新人賞を受賞した傑作。文庫版だけの特別書き下ろしサイドストーリーを収録。

となり町戦争 (集英社文庫)

となり町戦争 (集英社文庫)


 ブックオフの100円コーナーで見つけたので手に取った。前々から思っていたが、ブックオフの価格設定はどのような基準で決まっているのだろうか。もちろん作品や作家の知名度や本の劣化具合が加味されているのだろうが、ときどき100円コーナーに人気作品が紛れていたり、逆にとても綺麗な状態とは言えない文庫本が350円していたりする。全く同じものが店舗によって値段の違うこともあるし…もし読んで下さった方でブックオフ関係者様がいらしたら、そこらへんこっそり教えてほしいです(笑)。

 主人公「僕」こと北原修路は、月二回発行される町の広報誌「まいさか」でとなり町との開戦を知る。【となり町との戦争のお知らせ】―だが開戦日を迎えても、両方の町に変わった様子は見受けられなかった。この「戦争」は、映画や教科書で見知っているようなあの「戦争」とは違うのだろうか…。しかし、次に目にした広報誌「まいさか」に書かれていたのは【戦死者12人】の文字だった。確実にこの町の誰かが、どこかで死んでいる。それは「僕」にとって全く現実感の抱けない事実であったが、町役場から届けられた任命書をきっかけに徐々に「戦争」と関わりを持ち始める。

 まずタイトルからしてかなりセンセーショナルなのだが、物語も唐突に【となり町との戦争のお知らせ】を主人公が目にするシーンでスタートする。しかし、町と町との戦争が当たり前になっている世界観なのではなく、読者と同じように主人公もこの「戦争」がどのようなものか理解していない。主人公が町役場から「偵察業務従事者」に任命されると徐々に「戦争」の様子がぼんやりと見え始め、どうやらそれは町の事業としてどこまでも事務的に扱われているようなのだ。この設定に大きな違和感を覚えながら読み進めることになるのだが、それこそが作者の狙いに違いないのだろう。実態をつかめないまま、好奇心半分で徐々に「戦争」への関わりを深めていく主人公と同じ心境を味わい、同じように「この戦争とは何なのだろう?」と考えさせる仕組みになっている。
 
 実体の見えない「戦争」がテーマであるから、凄惨なシーンや残虐な描写は一切ない。口語体ではあるのだが、感情的な表現や心理描写も少なく、淡々と進んでいく印象を受ける。そのような描かれ方は始めから終りまで一貫しているのだが、物語の後半ではもう少し主人公の内面について説明があっても良かったように思う。最後まで読み終わっても結局主人公の意思表示がなされないのでは、少々投げっぱなし過ぎる。問題提起がなされた以上は、一意見として「僕」が「戦争」をどう感じたのか、聞いてみたかった。

↓以下ネタバレ

 主任が通り魔殺人の犯人であったこと、香西さんが隠した「業務分担表」3枚目の内容、説明会で見かけた男が香西さんの弟であったこと。このあたりは全て予想が出来てしまうので、事実が明かされてもさして驚きは得られないが、別に驚かせる意図があって書かれた訳ではないと思うので特に問題ではない。逆に「きっとそうなんだろうな」と予感がある分、切なさを倍増させる効果をもたらしている。

「めぐり巡って、あなたは誰かの死に手を貸しているのかもしれませんよ。」
 自覚の有無は別として、全く無関係な出来事など世の中には無いのかもしれない。文庫書き下ろしの短編では、むしろ本編よりも分かりやすくこのあたりが表現されている。関わりを持ちながらも、どこか現実感のない「戦争」。執拗に繰り返される「戦争」というワードには、となり町でも世界の知らない国であっても、同じ「戦争」であるというメッセージが込められているのだろうか。
 物事に無関心なポーズを取っている今の自分を省みてしまう、そんな作品であった。