#22_道尾秀介「ソロモンの犬」

秋内、京也、ひろ子、智佳たち大学生4人の平凡な夏は、まだ幼い友・陽介の死で破られた。飼い犬に引きずられての事故。だが、現場での友人の不可解な言動に疑問を感じた秋内は動物生態学に詳しい間宮助教授に相談に行く。そして予想不可能の結末が…。青春の滑稽さ、悲しみを鮮やかに切り取った、俊英の傑作ミステリー。

ソロモンの犬 (文春文庫)

ソロモンの犬 (文春文庫)

 以前に『ラットマン』を読んで、非常に楽しかった覚えがある。終盤の怒涛の展開では驚かされ、読後感も悪くなかった。
 これに好感触であったので、次に読んだのが『向日葵の咲かない夏』。この作品はかなり衝撃的であった。全体に漂う不気味な雰囲気と、心地悪さ。グロテスクな表現も多く見られるし、読み終えたあとも後味の悪い強烈な印象が残る。しかし、決して嫌いな作品とは言えないのだ。むしろミステリ好きの人には是非お勧めしたく、他者の感想を伺ってみたいと感じた。
 そして道尾秀介作品の三冊目にチョイスしたのが、今回の『ソロモンの犬』である。文庫版カバーの犬の写真が、大変印象的だ。
 これは全くの余談だが、昔『ソロモンの鍵』というファミコンソフトに熱中していたなぁと、ふと思い出してしまった。ちなみに私の実家にあるファミコンは未だ現役である。

 平凡…よりは少しウブだが、どこにでもいるような大学生の秋内静は、友人の京也とその恋人・ひろ子、そして密かに思いを寄せる智佳の四人でよく連れ立って行動していた。突然の雨の日、偶然奇妙な喫茶店に居合わせた四人は、とある日の出来事について語らい始める。それは、彼らの幼い友人が命を落とした日であった―。

 『向日葵の〜』の次に読んだからであろうか、かなり意外な印象を受けた。というのも、非常に爽やかなのである。小学生が不可解な交通事故により死亡し、その原因と真相を解き明かす―といったミステリが主軸だが、それと平行して、主人公を中心とした大学生達の恋愛模様がしっかり描かれているのだ。しかも主人公の秋内は恋愛経験に乏しい純粋な
青年であるので、誰もが過去に経験したような「初恋あるある」的描写が数多く登場して笑いを誘う。先に読んだ二作が陰鬱で重いミステリであったので、そちらとはだいぶ毛色が違う。

 メインキャラクターとなるのは大学生の四人である。京也は冗談好きで軽い雰囲気、その恋人・ひろ子は「女の子らしい」ひかえめな女の子。さらにひろ子の友人であり秋内が好意を寄せる智佳は、常に冷静で笑顔をめったに見せない。
秋内と京也、ひろ子と智佳といったように、男女がそれぞれ対極的に描かれているので、個々の性格はつかみやすい。早い段階でキャラクターの印象が定まるので、中盤に見え隠れする怪しげな言動や挙動がより面白みを持ってくるのだろう。後半に向けて徐々に明らかになる意外な一面も効果的である。

 メインの四人の他に登場するのは主に彼らを取り巻く大人達なのだが、中でも強烈なインパクトを持っているのが間宮未知夫という大学教諭である。狭いアパートにトカゲやヘビなど様々な生物や虫を飼育しており、発言内容はどこか奇妙で不気味である。しかしその「不気味」というのは、ミステリによく見られるような、スリリングな世界観を助長するための不気味さ(横溝正史の『八つ墓村』で「祟りじゃー!」と叫びまわる老婆のように)とは少し違っている。むしろその奇人ぶりにクスッと笑ってしまうような、ユーモラスで可笑しなキャラクターとして登場するのだ。間宮の存在も、この作品をライトで読みやすくする要因の一つであると感じた。
 ちなみに作者名と同音の「ミチオ」という名前が気になるが、解説曰くこのネーミングは作者のジョークであるらしい。動物というキーワードとミチオという名前から、実は『向日葵が〜』のミチオくんが成長した姿なのではとも思ったが、どうやら邪推だったようだ。


↓以下、ネタバレ


 そして最も意外だった点が、間宮未知夫は最終的に探偵役になってしまうのだ。ストーリーのエッセンス的に用意された「イロモノ」キャラかと思いきや、ラストでは主役を食うほどの活躍を見せる。ますます興味深い人物である。

 ストーリーの流れとしては終章で、実は秋内が既に死んでいたという展開になり驚かされる。驚かされ…というよりも、個人的にはかなりガッカリした。一般的に「夢オチ」と呼ばれる“実は全て夢の中の出来事でした”といった趣向の結末にも言えることだが、全ての前提をひっくり返してしまうラストが効果的に機能している小説というのは、私はほとんど出会ったことが無い。奇をてらった結末だけに特化させた短編小説ならいざ知らず、ある程度のページ数を読んだ後に“実は既に死んでいました”とか“全ては妄想だったのです”と言われてしまっては、過去に自分なりの予測や推理を楽しみながら読んできた時間が無駄になってしまったように感じられるのだ。もちろん、意外な展開で面白いと思う読者もいるのであろうが…。
 本作に関しては、事件の真相を中途半端に解決した形で秋内が死んでしまってはあまりにも救いが無いし、三途の川を渡る直前のいわば「走馬灯」を見ているような途中で事件を解き明かす―という構図も苦しく感じた。

 そうであるからエピローグで結局秋内が生きていたと判明したときには、驚くというよりもホッとした。この作品を嫌いにならずに済んで良かった、という安堵である。
 ただ、ラストで思い出したように四人の青春っぽいシーンが詰め込まれているのは、いささか強引に思えてしまった。京也と別れたひろ子の様子が一変する、なんて描写はいかにもありがちではあるのだが。

 ミステリの中に青春小説の要素が盛り込まれ、読みやすくはある。しかし悪く言えば、本筋が定まらない雰囲気もあった。道尾秀介の毒々しくて重い作品も決して嫌いではなかったので、個人的にはそちらのほうが好ましいのかもしれない。