#24_恩田陸「夜のピクニック」

高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統行事だった。甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いて歩行祭にのぞんだ。三年間、誰にも言えなかった秘密を清算するために―。学校生活の思い出や卒業後の夢などを語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは、小さな賭けに胸を焦がしていた。本屋大賞を受賞した永遠の青春小説。

夜のピクニック (新潮文庫)

夜のピクニック (新潮文庫)

 2005年本屋大賞受賞作品。本屋大賞は他の文学賞に比べ、最も「読者目線」で選考されているように思う。賞のコンセプトが“書店員が売りたいと思う本”であるので、受賞作はつまり、多くの人から「おすすめ」された作品ということになる。当然、どの作品も読みやすくて面白いのだ。
 とは言え、大賞受賞作でもまだまだ読めていないものが多い。この『夜のピクニック』もその一つであった。恩田陸『ドミノ』が面白かったので知人に貸したところ、その人は私以上に作品が気に入ったようで、早速この文庫本を買って今度は私に貸してくれた。
 余談だが、誰かと本を貸し借りするのが私は大好きである。お互いの感想を交換しながら相手の好みを伺っていくのも楽しいし、普段は手に取らないようなジャンルの本と出合ったりも出来るものだ。

 高校の同じクラスに通う甲田貴子と西脇融は、母親の違うきょうだい同士。これまでお互いの存在を意識し合いつつも、言葉を交わしたことはなかった。
 高校生活も残りわずかとなったその日、伝統行事「歩行祭」が開催される。それは、早朝に学校をスタートし翌朝に戻るまで80キロの行程を丸一日歩き通すという、過酷なイベントであった。貴子はその中で、自分に一つの賭けをしていた。
貴子に融、彼らを取り巻く友人達。様々な人物がそれぞれに思いを抱きながら、高校最後の行事「歩行祭」はスタートする―。

 この作品に、劇的な展開や意外な結末は一つもない。ただ高校生達が一晩中歩きゴールを目指す、それ以外は何もないのである。しかし彼らは一晩のうちに様々な会話をし、心を揺らしながら歩を進める。それぞれの思惑が時間の経過とともに明らかとなり、歩き通した最後には互いの関係性までもが変化している。
 「歩行祭」の始まりから終わりまで。一つの小説を通して、ひたすら同じシーンが続くのである。貴子と融という二人の主人公の心理描写と会話、これだけで見せていく。しかし間延びした印象や飽きなどは全くなく、むしろ読み進めるごとに引き込まれていくのである。それは主人公二人を取り巻く友人達のキャラクター性であり、次々に交わされる会話の豊かさによるところであろう。
 恩田陸の観察眼は、群を抜いている。『ドミノ』を読んだ時にも十分感じたが、本作を読み終えて改めて思い知った。場面が転換しない分一人一人が十分に掘り下げて描かれており、明確なイメージとして情景が浮かび上がる。あたかも自分が一緒に「歩行祭」へ参加しているかのような錯覚すら覚える程である。
 延々と同じシーンが続いているのに、ここまで惹きつけて読ませる。小説として、一つの完成系とさえ言えるのではないか。

 貴子と融、二人の目線での「歩行祭」が交互に描かれるというシンプルな形で物語は構成されている。きょうだい同士でありながら、会話を交わしたことのない二人の主人公。融は、父親が愛人に産ませた子供であるのにも関わらず凛とした態度を取る貴子に苛立ちを感じており、貴子はそんな融が自分に向ける冷たい視線に心を痛めていた。そのような二人の関係性が、「歩行祭」が終わるまでに変化するのだろうか―。話の本筋はその一点に置かれている。
 貴子の視点で描かれる融はクールで大人びており、少し嫌な奴であるような印象を受ける。しかし融のパートを見ると彼の言い分も分かるし、二人のぎくしゃくした関係はどちらかが一方的に悪いわけではないと理解出来る。したがって読者としても、「歩行祭」のうちに何とか二人の関係性が良い方向へ向うことを願ってしまうのだ。
 読者と同じように、作中で二人の主人公を心配して見守るのが、戸田忍や遊佐美和子といった友人達である。彼らは(時には本人達以上に)貴子や融を良く理解しており、常に親友という立場から良いパスを出し続ける。高校三年生という、大人に少し足を突っ込んだような微妙な年代の友情を、実に爽やかに演出する存在である。さらには友人達それぞれの恋模様も描かれており、群像劇の要素ももたらしているのだ。

みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。

 はたして自分は友人と、ここまで長く深く語り合った経験はあるだろうか。そう考えると、「歩行祭」を経験して大人になる彼らが羨ましくも思えてくる。
 スポーツや部活動とは違うけれど、確かに青春のきらめきが凝縮されている。かつて高校生であった大人に是非読んでもらいたい、自身をもって「おすすめ」する一冊である。