#27_畠中恵「アイスクリン強し」

スイーツ文明開化は酸いも甘いも運んでくる 西洋菓子屋を起こした皆川真次郎が、愉快な仲間・元幕臣「若様組」の警官達と、日々起こる数々の騒動に大奮闘。スイーツに拠せて描く文明開化・明治の青春。

アイスクリン強し (講談社文庫)

アイスクリン強し (講談社文庫)

 畠中恵や、宮部みゆきの『ぼんくら』シリーズなど、江戸時代の日本を舞台にしたコメディタッチのミステリが好きである。畠中恵といえば何と言っても『しゃばけ』シリーズが有名だが、他のシリーズものや単発の小説にもなかなか面白いものが多い。テイストはどれも同じだが、キャラクターや舞台が多様に変化しており、同じ世界を違った角度から眺めているようで楽しいのである。ちなみに私が一番好きな作品は『こころげそう』で、いずれここにもレビューを書きたいと思う。

 幼い頃に両親を亡くしており、西洋菓子店「風琴屋」を開店させたばかりの“ミナ”こと皆川真次郎と、旗本の跡取りとして生まれながらも御一新を迎え、警察官となった長瀬。それから、長瀬と同じように旗本家出身の警察仲間である「若様組」の面々。彼らのもとに、一通の謎めいた手紙が届けられる。
 差出人へ正しい「何か」を持って行けば、満足すべき褒美がもたらされる。
 送り主の招待は誰なのか。「何か」とは一体?

 本作『アイスクリン強し』であるが、先に述べたシリーズのように江戸時代の物語ではない。明治維新後20年の江戸改め東京が舞台である。歴史的用語としていつからいつまでの期間を“明治維新”とするかは諸説あるが、当時の人々が“御一新”と呼んでいた(作中でも主人公達が使っている言葉である。)のは廃藩置県の頃なので、そこから20年後といえば1895年前後であると思われる。
 江戸から東京となり、何もかもが恐ろしい勢いで変わっていった時代である。流されるように変化する者、ついて行けずに置いていかれる者。ましてや数年後には日露戦争に突入することになるのだから、不穏な空気が漂い始めていたに違いない。とにかくキナ臭い時代なのだ。
 しかし、そこはさすが畠中恵の作品である。キャラクターはどの人物も可愛らしく仕上がっており、セリフや表情が微笑ましい。(もっともミナ達は御一新の後に生まれた世代なので、経験していない江戸の世に嘆くことはないのかもしれないが。)消えてしまった将来を自虐的に皮肉って「若様組」などと名乗っている長瀬達が象徴的である。

 構成は、5編の連作からなる。「チヨコレイト甘し」「シユウクリーム危うし」「アイスクリン強し」「ゼリケーキ儚し」「ワッフルス熱し」と各章お菓子の名前がつけられており、それに関連させたストーリーとなっている。事件やトラブルを若様組とミナが協力し合って解決するというパターンだが、その中で必ずキーになってくるのがミナの作る西洋菓子なのだ。
 菓子作りのシーンは丁寧に書かれており、甘いもの好きにはたまらない。徐々に形作られるケーキを想像するだけで、なんとも楽しい気分になるものだ。

 話の核となっているのは、時代を象徴するような事件である。それほどインパクトのある結末が用意されている訳ではないし大した謎解きもないが、その分ライトに読むことは出来る。当時の“帝都”を想像しつつ、構えないで読み進めるのが正しいようだ。

↓以下、ネタバレ

 4番目の章「ゼリケーキ儚し」ではコレラの流行を題材にしているが、この章の終わり方が中途半端であるように感じた。コレラ患者の治療に対して展望が開けた所で終わってしまうのだが、もう少し結末を説明しても良いように思う。投げっぱなしのまま次の章に移ってしまうので、少々面食らった。

 「若様組」とミナの他にもう一人重要なキャラクターとして、沙羅がいる。沙羅は女学校に通う学生であり、性格はおきゃんで明るく大変可愛い。連作のなかの別軸として描かれるのが、この沙羅を絡めた恋愛である。沙羅はあからさまにミナのことが好きな様子だが、当の本人はそんな思いに全く気がつかず、しかしミナの方も沙羅のことが気になっているようだ。一方、長瀬も沙羅に思いを寄せているようでもある。
 畠中恵の作品でこのような淡くもどかしいような恋愛模様は定番だが、本作に関して言えば少し物足りない気がする。恋物語に発展しそうな気配は見せるが、結局おざなりのままに結末してしまう。その後は想像にまかせる…にしても、あと一歩踏み込んで欲しかった。

 「しゃばけ」シリーズや「こころげそう」「つくもがみ貸します」に比べると、正直完成度は劣るように思う。しかしながら、キャラクターに重点を置いて読む分には十分魅力的だし、決して面白くないわけでもない。
好みの問題か、期待しすぎたのか。とにかく、続編(時系列としては過去に遡るらしい)の『若様組まいる』も、文庫化されたら読んでみようと思う。