#10_北沢秋「哄う合戦屋」

天文十八年(一五四九年)。甲斐の武田と越後の長尾に挟まれた中信濃土豪が割拠する山峡の名もなき城に、天才軍師・石堂一徹が流れ着いた。一徹に担がれた領主の遠藤吉弘は、急速に勢力を広げる。しかし吉弘が一徹の心の奥底に潜むものに気がついたとき、歯車が狂いだす―――乱世を生きる孤高の天才の愛借を描き、全国書店員が大絶賛した戦国エンターテインメントの新境地!

哄う合戦屋 (双葉文庫)

哄う合戦屋 (双葉文庫)


 最近あまり本が読めていないので、少し前に読んだ本の感想。「哄う」と書いて「わらう」。
 単行本が書店で平積みされていたときから気になっていて、文庫化を楽しみにしていた作品。事前情報一切なしで「ドレドレ!」と読み始めて早速…石堂一徹って、ダレ!?と、面喰ってしまった。主人公は世に聞こえた天才軍師なのだが、全く聞いたことも無い名前。そんなに武功のある人物なら、現在まで名が残っていても良さそうなものなのに…
 と、知らなくて当然。これはフィクションなのだ。
主人公「石堂一徹」の他、領主の「遠藤吉弘」その娘「若菜」も当然、架空の人物。武田晴信(信玄)など実在の人物も出てくるから、史実かと勘違いしがちなのだ。なんだ、ビビらせやがって…
 
 天才的な戦の手腕でその名を知らしめながらも、誰に仕えても長続きしない石堂一徹が、自領の領民からは敬愛されつつも野心に欠け、三千八百石に留まる領主の遠藤吉弘の下に仕えるところから、物語は始まる。一徹の先を見通した完璧な戦術と、領主の娘・若菜の誰からも愛される才能により、遠藤領は瞬く間に何倍にも膨れ上がる。吉弘は喜びつつも、その急速な状況の変化に戸惑い、徐々に一徹への疑念を抱くようになる。そんな時、ついに甲斐の武田が攻めてくるとの知らせが届く―――。
 
 主人公の一徹は、背が高くて彫が深く、無愛想なキャラクター。それに対して、物語の重要なキーになるヒロインの若菜は、小柄で天真爛漫、誰からも愛される可愛らしいお姫様。この相反する二人のキャラが分かりやすくてとても良い。とくに若菜は、明るくて可愛いだけでなく、頭の回転も速く、周りが良く見えている。しかも自分の役割をしっかりと理解していて、時には計算でわざと我がままに振る舞ったり、半ば確信犯的に笑顔を振りまいたり…なかなか恐ろしい娘である。そんな娘であるから当然父親の吉弘は溺愛していて、一徹と若菜が徐々に親密になるのが堪らなくて、徐々に一徹を遠ざけるようになるわけだが、そういう意味では若菜は、父の心理までは完全に理解しきれていなかったのかも知れない。もしくは、そんな父の嫉妬を知りつつも、一徹に惹かれる心は止められなかった…ということか。一徹は誤解されようが理解されなかろうが、一切お構いなし!みたいな男だし、疑念を抱かれても仕方ない原因は一徹の方にも多くあるように思う。やっぱり説明が必要な場合もあるよ、というのが私の意見。

 戦のシーンでは、「本当にコレが、画期的な作戦なの?」と疑問に感じてしまう部分もあるが、基本的には分かりやすく読みやすい(言葉使いも現代っぽい)。血なまぐさい描写もほとんどないので安心できる。ただ、最終章でいよいよ武田との一戦!という場面は、もう少しページを割いて描かれても良かったのではないか。急速にラストを迎えてしまう感じがして、少しもったいなく感じた。たった一人の従者・六蔵との会話もなんだか唐突に思えて、もう少し前から二人の絆について触れていれば、もっと感動したように思う。ただこの辺に関しては続編(?)が刊行されるようで、そちらでは今回のストーリーよりも前の出来事が描かれるようなので、乞うご期待!ということなのかも知れない。
 「思えば拙者は、月も星もないまったくの闇の中を、いつか日が上ることだけを信じてたった一人で歩き続けてきたようでござる。人の心は弱いものです。歩いてきた歳月が長くなればなるほど、いくら何でももう夜明けではないかという気持ちが切ないまでに募って参ります。が、この無明長夜の果てに、一体何が待っているのやら」
 結局一徹は、自分自身を使いこなすことの出来る人間なんて一人もいないと、悟ってしまったのかもしれない。才能があるが故の孤独、とはありがちなテーマだが、一徹は自分が人に理解されない事よりも、力を存分に揮う場に恵まれない事の方がよっぽど嘆かわしいようだ。「天下が欲しい」とは言っているが、天下そのものよりも、自らの手で天下を平定する“過程”が大事なのだろう。そこが「合戦屋」たる所以。仮に一徹の手腕により泰平の世が訪れる…なんて事があったとして、そのあとは燃え尽き症候群になってしまうのではなかろうか(笑)。

 心を震わす超大作!とはいかないものの、歴史好きであれば十分に楽しむことができる。文体も易しいしページ数もそれほど多くないので、もしかしたら歴史小説にそれほどなじみのない人も入りやすいかもしれない。深く考えずに、サラリと読めてしまう作品である。