#03_万城目学「プリンセス・トヨトミ」

このことは誰も知らない―四百年の長きにわたる歴史の封印を解いたのは、東京から来た会計検査院の調査官三人と大阪下町育ちの少年少女だった。秘密の扉が開くとき、大阪が全停止する!?万城目ワールド真骨頂、驚天動地のエンターテインメント、ついに始動。

プリンセス・トヨトミ (文春文庫)

プリンセス・トヨトミ (文春文庫)



 万城目学がずっと気になっていた。というのも、「森見登美彦が好きなのであれば、万城目学も一読あれ」的な一文を、よく目にするからである(その逆もしかり)。話題作が多い作家ではあるが、映画公開中でタイムリーなこちらをチョイスした。

 映画公開による番組宣伝やCM映像によって多少の予備知識を持った状態で読み始めたが、だからこそ余計に、驚いた。そこそこページのボリュームがあるのだが、それをまったく感じさせず、最後までワクワクしながら読むことが出来る。そして意外なことにも、思いのほか感動する。「大阪が独立国」「豊臣の末裔」というキーワードだけを耳にしつつ読み始めた為、奇をてらった設定の奇想天外な話を想像していた私としては、カナリ面食らった。もちろん設定自体は突飛でありえないのだが、ストーリーの面白さが決して設定に負けていない。

 会計検査院の第六局に在籍する調査官の松平、鳥居、旭の三人が大阪へ実地調査へ訪れるところから物語りはスタートする。まず、この3人のキャラクターがいちいち特徴的なのである。副長であり三人の中で年長者にあたる松平は、スマートでハンサムな、仕事人間のカッコいい中年…というよくある「デキる」上司像なのだが、なぜか大のアイスクリーム好きという設定。いきなりソフトクリームを食べながら登場し、物語の中でも終始アイスを食べ続ける。
「最近は一日にどれくらいアイスを食べるんですか?」「五個」「少し減りましたね」
だそうだ。こんな可愛いおじさんを、嫌いになれるはずがない。冷静沈着で頭脳明晰(国家公務員試験トップ合格という経歴の持ち主!)という設定だからこそ、余計にギャップが楽しい。
 その松平と行動を共にする部下の鳥居と旭・ゲーンズブールも、相当面白い。身長が低くて小太りの鳥居は、仕事よりも無駄口を叩くことに余念がないお調子者だが、時々物凄い引きの強さを見せることがあり「ミラクル鳥居」と呼ばれている男。道を歩けば迷うし、新幹線の切符は毎回無くすが、あまりにもわかりやすい性格は見ていて微笑ましい。「ダメだけど憎めない奴」の代表選手、といった所か。対する旭・ゲーンズブールは三人の中では最も経験の浅い新人だが、仕事を完璧にこなすだけでなく、町を歩けば誰もが振り返る端麗な容姿の持ち主で、およそけなす所が見つからないパーフェクトな女性である。その自信に裏づけされた歯に衣着せぬ物言いが特徴的だが、優秀な部下に嫉妬心むき出しの鳥居との掛け合いは思わず笑ってしまう。
 会計検査院の面々を迎え撃つ形になるのが大阪の人間だが、こちらも個性たっぷりの人々が登場する。女の子になりたいと願う少年・真田大輔と、その幼馴染の少女・橋場茶子が話の中核を担うが、性同一性障害やいじめといった重いテーマにもかかわらず、それほど暗くなりすぎずに描いている。それは茶子の突き抜けた性格によるところも大きいが、大輔の方も弱気な性格ながらに信念を貫く堂々とした姿勢と周囲を思いやる優しさは、好感が持てるし応援したくなる。なにより、いかにも大阪人!といった雰囲気のコテコテの関西弁や冗談交じりの会話がストーリーのテンポを良くし、全体をライトにしている。もっとも私は大阪に住んだことはないので、大阪の方が読んだ場合に同じ印象を受けるのかは分からないが。

↓以下ネタバレ

 突然「大阪国内閣総理大臣」である父・幸一に、大阪城の地下に建設された国会議事堂へ案内される形で、「大阪国」と豊臣家の末裔…すなわち「王女」の存在が明かされる。王女の正体は少し後から分かるのだが、これは予想どおり茶子。予想、というか他に該当しそうな人物がいない為、あえて勿体つける理由も分からない。
 大輔がセーラー服で登校したのをきっかけに暴力団組長の息子である蜂須賀からいじめを受けるようになり、茶子が報復を企てるところから行き違いが起こる。ここから検査員達のパートと中学生達のパートがリンクし、一気にストーリーが展開し始めるのだが、ここでは時系列が工夫されている。はじめに幸一から松平へ「立ち上がる」と宣言する電話のシーンを描いた後で前日へ遡ることにより、松平、幸一、鳥居、大輔とそれぞれの動きが大変分かりやすい。何があったんだ!?という謎解き的な面白みも生まれている。

 大阪国が「合図」をきっかけに立ち上がる場面も面白い。直接ストーリーに関係のない「国民」達の行動にページを割いているので、臨場感があってワクワクした。余談であるが、ディズニー映画「101」で犬たちが遠吠えを連鎖させながら遠くの町にピンチを伝える…というシーンを思い出した。

 集結した大阪国民の前で幸一と松平が対面する場面は、クライマックスに相応しく見ごたえがある。松平のカッコ良さが光るシーンである。どのようにも転がる可能性があるので、ハラハラ出来るし、結末も個人的には好きだ。大阪国民が必死に守っているものとは何なのか―というのが最大のテーマであろうが、松平の父との複線が繋がった時には少なからず感動した。馬鹿馬鹿しいほどに大げさな形で継承されてきたのは、結局、父と息子の絆。驚きのオチが用意されているよりも、余程納得できた。実際にはあり得ない話である以上、「こうだったら素敵だな」と思わせる終結を見せるべきだと、私は思う。

 旭による真相の告白は「ふぅん」という感じ。特に以外でもないし蛇足という気がしないでもないが、疑問を残すのも良くないので、まぁこんなもんか。ただ、府警にいる鳥居を迎えにいくシーン、これは笑った。最後の最後に、旭さんが大好きになった。
 ちなみに現在公開中の映画では、調査官の鳥居と旭の役柄が男女入れ替わっているらしい。鳥居は綾瀬はるか、旭は岡田将生が演じている。

 突飛な設定によるフィクションであるのはもちろんだが、ストーリーの本質は温かくて優しい絆の物語。ワクワクドキドキしながら読めるので、退屈している人には是非ともおすすめしたい一作である。

 万城目学、かなり気になってきた。次は「鴨川ホルモー」あたりを読んでみようと思う。