#05_万城目学「鴨川ホルモー」

このごろ都にはやるもの、せた新入生、文句に誘われノコノコと、出向いた先で見たものは、世にも華麗な女(鼻)でした。このごろ都にはやるもの、協定、合戦、片思い。祇園祭宵山に、待ち構えるは、いざ「ホルモー」。「ホルモン」ではない、是れ「ホルモー」。戦いのときは訪れて、大路小路にときの声。恋に、戦に、チョンマゲに勧誘、貧乏、一目ぼれ。葵祭の帰り道、ふと渡されたビラ一枚。腹を空か、若者たちは闊歩して、魑魅魍魎は跋扈する。京都の街に巻き起こる、疾風怒涛の狂乱絵巻。都大路に鳴り響く、伝説誕生のファンファーレ。前代未聞の娯楽大作、碁盤の目をした夢芝居。「鴨川ホルモー」ここにあり!!

鴨川ホルモー (角川文庫)

鴨川ホルモー (角川文庫)

 万城目学、二作目です。「プリンセス・トヨトミ」が面白かったので、では次はデビュー作!と思い、手に取った。
 そもそもタイトルからしていきなり意味深だが、「ホルモー」とは何か。冒頭部分でまず、その説明がなされる。曰く「ホルモー」とは、一種の競技の名前である。主人公は二浪の末に京都大学へ入学したばかりの男子大学生であり、コンパで一目惚れした女性に会いたいが為に参加していたサークル活動を通じて、徐々に「ホルモー」の世界へと足を踏み入れていく。
 よくある青春スポ根もの、という設定だが、いかんせん話の主軸を担う競技自体が得体のしれない「ホルモー」。何だソレ!と面喰うが、よく考えてみれば、誰も知らない競技が題材の小説というのは、なまじルールを認識しているバスケットボールやサッカーよりもよほど対等であるような気もする。それに重要なのは「ホルモー」の内容云々ではなく、登場人物達がそれに必死に取り組んでいる、という点なのだ。

 主人公・安倍がサークル「京大青竜会」のビラを受け取るところから、物語はスタートする。このサークルこそがホルモーを行うチームなのだが、安倍はそれとは知らずに入部してしまう。「ホルモー」が当たり前に存在する世界の話ではなく、得体のしれない競技について、主人公と一緒に読者も徐々に理解していくという形式である。
 この安倍という男、好きな女性に会いたいという動機だけで訳のわからない特訓や儀式も受け入れてしまう、なんとも柔軟性の高い人物なのだ。というよりも、思慮に欠けるというべきか。そもそもホルモーとは鬼や式神と呼ばれる類のものを使役して戦わせる競技なのだが、その「オニ」が見えるようになるには一定の訓練を積まなければならない…らしい。当然安倍もオニが見えるようになるまではその存在に否定的なスタンスをとってはいるが、意味が分からない、時間の無駄だと口では言いつつも、「早良さん(一目惚れの相手)に会えるから、まあ何でもいいか」と全てなし崩し的に受け入れてしまう。バカである。でも、単純だからこそ応援したくなるというものだ。

 安倍が当初は煙たく感じながらも、最終的には唯一無二の親友になる男として登場するのが高村という人物である。帰国子女であるが故に少し感覚がズレているのだが、彼がなかなか面白い。他の人物が何かしらの打算的な考えを持ってサークル活動しているのに対して、高村だけは真剣にホルモーに取り組んでいる。友人の恋の悩みには真剣に耳を傾け、何に対しても真摯な態度で向き合う。その見た目がダサい服装にちょんまげ頭という所が笑いを誘うが、中身は真面目で良い奴なのだ。ともすればバカバカしいだけになってしまいそうなストーリーを半ば強引に青春路線へと引っ張っているのは、高村というキャラクターの功績が大きいと私は思う。

 この物語で大きな要素を占めているのは、実は恋模様である。安倍、早良さん、サークル一のイケメンでありホルモーでも天才的な手腕を発揮する「芦屋」、そしてもう一人、後半にかけて大変重要な役割を果たすこととなる「楠木ふみ」。やっていることは奇想天外だが、動機となっているはこの四人のありふれた恋愛感情にすぎない。片思いや嫉妬、失恋。大学生である彼らを突き動かすのは何よりも恋、というのは自然な気がするし、可愛らしくもある。少し面映ゆく思いながらも、成就を願って一喜一憂する、というのが青春小説の醍醐味なのだ。

 舞台設定である京都の町は、それだけでエキゾチックな何かを思わせる独特の雰囲気がある。ホルモーに関する様々な名称や事柄は陰陽道に由来している、などと設定が妙にリアルであるため、読み進めるうちに段々「知らないだけで、京都ではこんな不思議な何かが存在しているのかもしれない」と感じるようになってくるから面白い。ホルモーなるものの存在を本気で信じる訳ではもちろんないが、少なくとも「あったら楽しそうだ」とは思う。謎めいた競技に真摯に取り組む若者の姿は、滑稽ながらも、大変に魅力的であるということだ。
 相当ばかばかしい、だけどなぜか少しだけ憧れてしまう。ひとつだけ言えるのは、「鴨川ホルモー」がとても愉快な小説だということだ。

 しかし…森見登美彦の数々の作品に、この「鴨川ホルモー」。読めば読むほど、京都に行きたい衝動に駆られてしまう。小説片手に街中を散策するもの楽しそうだ。